take it!

 引ッ越してより五、六日、いまだ飯をたくことあたわず。家主に敷金をやらず、先の宿にまかない料を払わず。こんどの引ッ越しすべて背水の陣なり。
 四月一日、はなはだ窮せり、家主迫り先の宿迫る。徹夜して一文を草す。この夜徹夜しつるはなかばは勉強のためなかばはふとんなきがためなり。
 中州の細君、飯と菜とを我らに恵みぬ。
 二日、金若干を得つ、先の宿に談判して荷物を引き取ることとなしぬ。この夜某氏にゆきてかま、鉄びん、茶わんなど借り来つ。この新宅は下三間、六畳、三畳、二畳、二階二間、四畳、六畳、家ねじれてふすまのたてつけ合わず、畳の新しきだけが取りえなり。
 垂柳子ついにたえずして去る。
 我もまたついに守ることあたわずして引き揚ぐ。

しからば婦人が夫なる者に属してこれに仕うるに至りしは、比較的近代のことにして、僅々数千年間の現象なり。もしこれをしても天職と言いうべくんば、日本男子の天職は年寄りて隠居となるにありとも言いうべし。何となれば、数百年の永き月日の間、日本の男子は年寄りて後、その家督をせがれに譲りて隠居するの風習なりければなり。そこで小生の考うるところによれば、隠居の風習が人間社会におけるただ一時の現象にして、遠き過去にもそのことなく、現在にもすでにそのことなきがごとく、婦人が夫に仕うるということも、やはりただ一時の現象にして、遠き過去にもそのことなく、現在にはなおしばらくそのこと残れりといえども、将来には必ず消えてなくなるべきものなり。さればかようなることを天職などと称して、しいて婦人を縛りつけんと欲するは、実に不都合窮まる男子の得手勝手と言わざるべからず。

 資本がコスモポリタンとなれば勞働もコスモポリタンになる筈である。資本の勢力、資本の搾取力がコスモポリタンになれば、それに對抗する勞働運動も同じくコスモポリタンになる筈である。從つて又勞働運動者の心理がコスモポリタンになるのは當然である。
 但し、資本は一面に於いて猶ほ大いに國家的であるから國際戰爭も起り、從つて又、國家的社會主義者もあり、コスモポリタンに成り得ざる心理の働きがそこに在る。アメリカの資本家に搾取されるのも、日本の資本家に搾取されるのも同じわけだが、日本の勞働者としては、全く『同じわけ』に行かない心理が殘つてゐる。だからまだ世間に半煮えのコスモポリタンが多い。